2015年06月号(58巻 07号) 整形・災害外科~肩こりを考える~金原出版

整形・災害外科2015年06月号~肩こりを考える~掲載内容

企 画 : 松平 浩
松平浩先生のご紹介、腰痛対策などについて東京大学東大病院22世紀医療センター 運動器疼痛メディカルリサーチ&マネジメント講座のページをぜひご覧ください。

「肩こりに対する枕調節の意義」が掲載されました。
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「肩こりを考える」                16号整形外科 山田朱織
―肩こりに対する枕調節の意義―
Ⅰ.現代の慢性肩こりに対する新しい解釈と治療の必要性
Ⅱ. 経験的医療から得た知見
Ⅲ. 枕の条件と調節方法
 1.枕の3大条件
 2.枕の調節方法(SSS法)
3.至適枕と体格の重相関
Ⅳ.臨床効果
Ⅴ.至適臥位姿勢の仮説と検証
1.至適枕における頚椎および頚髄アライメント
2.矢状面脊椎骨盤アライメントSSPA
3.モーションキャプチャを用いた寝返り動作解析と仮想体軸の可視化
Ⅵ. 肩こりの治療における枕調節の意義


要旨
現代の慢性肩こりは非特異的肩こり、つまり脊椎dysfunctionと脳dysfunctionの状態とも考えられる。当院では肩こりの患者にスムーズな寝返りが可能となる枕調節を行い、脊椎症状と身体化症状の改善をみてきた。このメカニズムの解明のために静的および動的臥位姿勢の解析を行った。静的臥位姿勢はMRIで至適枕における仰臥位頚椎傾斜角、クモ膜下腔前後径を計測し、X-Pで臥位矢状面脊椎骨盤アライメントを観察した。結果、頚椎・頚髄アライメント、脊椎骨盤アライメントの基準が分かった。動的臥位姿勢はモーションキャプチャの動作解析を行い、寝返りの定量化とスムーズな寝返りにおける仮想体軸の可視化が可能となった。脊椎アライメントと仮想体軸を比較すると、頭頚部仮想体軸と仰臥位頚椎傾斜角の近似、胸腰椎部仮想体軸と臥位のC7PLが平行に近づいた。枕調節の意義は、頭と胸腰椎骨盤を結ぶジャンクションである頚椎の角度を最もスムーズな寝返りができるよう決定することである。

Ⅰ. 現代の肩こりの新しい解釈と治療の必要性
 厚生労働省の国民生活基礎調査の公表されている最も古い平成7年の結果と最新の平成25年の結果を比較しても、いずれも肩こりは日本国民の有訴者数女性1位、男性2位であり変化がなかった。この事実からも20年以上、肩こりに関する研究や治療は非常に遅れていると考えざるを得ない。21世紀、日本国民の肩こりに対する戦略的な治療の確立を目指して、1日も早く実践的に取り組む必要性を感じる。松平らは、肩こりの病因を的確に突き止め整合性をもって解釈する新しい理論が今必要であると警鐘をならしている1)。2000年ごろから全世界で非特異性腰痛という分類が確立され2)3)4)、腰痛治療にパラダイムシフトが起こりつつある。2大国民病の一方である肩こりも非特異的肩こりとよぶべき病態で、運動器にかかる身体的な負荷による脊椎dysfunctionと脳の機能異常すなわち脳dysfunctionの状態と解釈できるとされている5)6)。脳dysfunctionとは、心理社会的ストレスが身体症状として顕著化した徴候を身体化症状と呼び、一般的には明確な器質的異常を伴わない状態である。脊椎dysfunctionが長期間継続したり、あるいは短期間でも他の身体化症状を持っている患者等では脳のdysfunctionが起こりやすいと考えられている。
 我々が行っている肩こりの治療とは、睡眠中使用する寝具によって頭部、脊椎骨盤、下肢の臥位姿勢を調節することで、脳~脊髄、末梢神経のアライメントを至適状態にし、脊椎dysfunctionと脳dysfunctionの改善を目指すものである。高岸ら7)がまとめた肩こりの治療法によれば、非症候性肩こりには日常生活指導の中で不良姿勢の改善が挙げられている。河合8)は、頚椎は頭部と躯幹を連結するという役割を担うゆえに、わずかな変化にも異常を自覚し防御する機構が備わっている指摘し、微細な誘因の除去が肩こり再発の予防に必要であるとしている。特に習慣になっている日常生活の姿勢、動作、寝具環境の見直しを挙げている。しかし、いずれも臥位姿勢の至適アライメントや調節方法について詳細は言及していない。現在に至るまで、整形外科において臥位姿勢の研究は殆ど行われてこなかった。
本稿では、我々の解析により分かってきた枕を用いた臥位姿勢調節による脊椎dysfunctionの改善メカニズムについて述べる。

Ⅱ.経験的医療から得た知見
 当院では1971年から35年以上、約5万人の肩こりを含めた頚部症状を訴える患者に対し、寝返りが最もスムーズになるよう枕の高さ調節を行い、症状が改善することを経験してきた9)10)11)。肩こりについては慢性かつ難治症例が多く、問診では20~30年肩こりが継続していると訴える症例や、肩こりのみならず多数の身体化症状を訴える症例、肩こりを主訴に何軒もドクターショッピングを繰返してきた症例も少なくない。外来では、患者の自宅から持参させた玄関マットやタオルケットなどの素材を使用して、臥位で枕の高さを個々の体格や症状に合わせて調節してきた。患者の症状を診ながら微調節を繰り返し、また中長期的に体格変化に合わせて再調整を行い、症状の改善を継続的に観察してきた。このような作業を繰り返すことにより調節方法を確立し、調節精度を高め、至適枕の条件を確立した。その結果、至適枕を用いた臥位姿勢調節により肩こり、頚部痛、肩上肢痛といった脊椎症状のみならず頭痛、眩暈、不眠など身体化症状の改善が見られた。
 以下、経験的医療から導いた事実すなわち「枕の高さ調節によりスムーズな寝返りが可能な臥位姿勢で眠ると、臨床症状が改善する」ことについて、そのメカニズムを類推し、臥位姿勢の静的および動的解析を行い検証してきた方法と結論を解説する。

Ⅲ.枕の条件と調節方法
頸椎症状を訴える患者の枕調節を行ってきた経験から、枕の条件の設定と調節方法の体系化を図ってきた。

1.枕の3大条件
至適枕の3大条件は次のように考える。第1は体格に適合した枕の高さである。仰臥位と側臥位の両方に適合する1つの高さを決定する。第2は決定した高さが終夜使用中に5mm以上変化しない適度な硬さである。第3は体格変化や加齢に伴い適宜再調整を行うことである。我々が研究に使用している枕は、縦25cm×横50cm×高さ5mmピッチで厳密に調節を行うためウレタンやポリエチレンのシートを組み合わせた積層構造である。表面は平らな形状である。

2.枕の調節方法(SSS法)
枕の調節方法SSS(Set-up for Spinal Sleep)法12)は3つのプロセスからなる。X-PやMRIで確認できればより正確であるが、外来診療では肉眼的に体表面で判断する。第1に仰臥位で両上下肢を伸展位で脱力させる。枕の高さを5mmピッチで変更しながら、頸椎の前傾が15度前後で、患者が呼気、吸気とも楽に感じること、後頭部の感触が不快でないこと、後頸部の筋緊張が弛緩することを聴取しながら高さを調節する。第2に左右側臥位の確認であるが、まず仰臥位で両前腕を前胸部上にクロスして右手を左鎖骨、左手を右鎖骨に触れ、両股関節60度前後、両膝100度前後に屈曲した寝返りの回転ポジションをとり、左右に回転し側臥位になる。額・鼻・顎・胸骨を通る頭頸部の中心線と臥床面が平行になるよう高さ調節する。患者の左右の胸鎖乳頭筋、肩甲挙筋等の攣れ感を聴取することも有益である。左右の最適高さに差がある場合は、次の寝返りで決定する。第3に寝返りのスムーズさを確認する。仰臥位で寝返りの回転ポジションをとり、左右に2~3回回転し、寝返りのスムーズさを比較する。目視におけるスムーズとは、中心軸に対し頭部、胸部、骨盤が同期的に回転する状態である。逆にスムーズでないとは、各部に位相差が生じる状態である。胸部の肩峰と骨盤の大転子をメルクマールに注視すると、いずれかに遅れが生じるか、または遅れを筋力で補正しようと大きな力を入れたり、反動をつけるなどぎこちない動きが観察される。最もスムーズに寝返りができる枕の高さが至適枕である(図1)。患者宅から持参させた素材を折りたたみ積層構造にしても代用可能である。

3.至適枕と体格の重相関
2003-2012年にSSS法で調節した成人男女30,252人の、体格(身長、体重)と枕の高さの相関を示す。重相関係数0.79と高値を示し、身長体重が増加するほど枕が高くなることが示された(図2)。男女別では体格の比較的小さな女性は枕が相対的に低めで、体格の比較的大きな男性は高めの傾向がみられる。年齢別でみると60歳以上では身長体重が少ないにも関わらず枕の高さが非常に高い例が散見される。円背による後弯変形や関節硬縮により高い枕が必要になる。

Ⅳ. 臨床効果
当院に2004~2013年に来院し頚椎疾患で枕調節を行った患者410例(男性195例、女性215例。14~93歳、平均50.5歳)のカルテデータを後ろ向きに調査、解析した。患者の主訴である「広義の肩こり」と「身体化症状」、および他覚所見について、至適枕使用前後で改善者数/有訴者数(改善者数率、以下IR)を用い評価した。また自覚症状を、2(自覚症状強)、1(自覚症状軽)、0(自覚症状無)の3段階のスコアで回答させ、枕使用前後の有意差検定を行った。他覚所見は、枕使用前後の計測値間で有意差検定を行った。至適枕の平均使用期間は110.9日であった。
広義の肩こりは①頸肩こり②頚部痛③肩上肢痛の3症状、身体化症状は④頭痛⑤眩暈⑥不眠の3症状、他覚所見は①頸椎ROM伸展②頸椎ROM屈曲③圧痛点数④Spurling test⑤上肢筋力⑥上肢知覚の6項目である。結果を改善者数/有訴者数、改善者数率 IR(%)、枕使用前後のスコアおよび計測値の平均値、P値を示す。例数不足で検定できないものは―とする。全体では自覚症状①頸肩こり78/110、70.9、P<0.01②頚部痛153/201、76.1、P<0.01③肩上肢痛66/81、78.6、P<0.01、身体化症状④頭痛37/57、64.9、P<0.01⑤眩暈15/23、65.2、P<0.01⑥不眠20/26、76.9、P<0.01、他覚所見①ROM伸展84/194、43.3、P>0.05②ROM屈曲80/187、42.8、P<0.05③圧痛点数102/161、63.4、P<0.01④Spurling test 17/21、65.4、P<0.05⑤上肢筋力2/5、40.0、7、P>0.05⑥上肢知覚17/35、48.6、P>0.05であった。図3に、有訴者数、改善者数、改善者数率、スコアおよび計測値の平均値と有意差検定結果を示す。
自覚症状においては、頚椎疾患の患者が主訴として肩こりの3症状を訴えた割合は、81-201人/410人、すべてIR70%以上となった(図3-1)。身体化症状の3症状を訴えた割合は、23-57人/410人、IR60%以上となった。肩こりの3症状と身体化症状の3症状すべては有意に改善した。一方、他覚所見は異常を認めた項目の軽快または消失を改善としたがIR40-65%であり、ROM、圧痛点数、Spurling testのみ有意に改善した。
MRI所見別では、頚椎椎間板変性を認めた96例において自覚症状の①②③④、他覚所見の②、頚椎椎間板膨隆・ヘルニアを認めた194例において自覚症状の①②③④⑤、他覚所見の②③④、頚部脊柱菅狭窄を認めた58例において自覚症状の①②③、他覚所見の③において有意に改善した。頚椎椎間板ヘルニアを認めた症例が最も肩こりの3症状を訴える有訴者数が多く、改善者数率も80%以上と高値を示した(図3-2-A~C)。
年代別にみると、自覚症状は肩こりの3症状および身体化症状の眩暈、不眠は加齢とともに有訴者数が増加し、改善者数率も増加する傾向があるが、他覚所見は加齢に伴う一定の傾向は認めなかった(図4)。
Ⅴ.至適臥位姿勢の仮説と検証
至適枕を用いて最もスムーズな寝返りになるよう臥位姿勢調節を行うことで、肩こりと身体化症状が改善されることを示した。これにより至適枕により調節される至適臥位姿勢の存在が示唆される。
臥位姿勢は静的臥位姿勢と動的臥位姿勢に分けられる。静的臥位姿勢は仰臥位および側臥位であり、動的臥位姿勢は寝返りである。理論的には、側臥位すなわち冠状面アライメントにおいては側彎角0度、冠状面バランス0cmが基準であるが、仰臥位すなわち矢状面アライメントについては基準がない。至適臥位姿勢の解明のためには至適仰臥位すなわち矢状面アライメントの基準を見つける必要がある。そのために静的臥位姿勢の解析としてX-PとMRIの画像解析と、動的臥位姿勢の解析としてモーションキャプチャによる寝返り動作解析を行った。
1.至適枕における頸椎および頸髄アライメント
まず始めに頚椎および頚髄の矢状面アライメントを解析した。仰臥位頚椎傾斜角とは、仰臥位頚椎の矢状面アライメントの指標の1つとして当院で考案した角度である。大後頭孔前縁中点と第7頚椎の椎体後面を結ぶ線と、臥床面のなす角である。正常例のみならず関節リウマチの環軸椎亜脱臼例においても延髄~頚髄のアライメントとして評価できる(図5)。

当院で2004~2013年に来院した頚椎疾患の患者410例、14~93歳、平均50.5歳を対象に、至適枕における頸椎アライメントをMRIで観察した。仰臥位頚椎傾斜角(度)は、全体平均18.1、男性18.1、女性18.1と差がなく、年齢別では40代をピークに17.1 ~18.9と経度の山型の分布になったが有意差は認めなかった。MRI所見別に頚椎椎間板変性、頚椎椎間板ヘルニア、頚部脊柱管狭窄を比較しても、17.9~19.2と有意差は認めなかった(図6)。以上の結果より、仰臥位頚椎傾斜角は男女、年齢、疾患の別によらず、普遍的な一定の角度である可能性が示唆された。
仰臥位において頚椎のアライメントを調節することは、同時に頚髄のアライメントを調節することに他ならない。大後頭孔を通過する延髄、頚髄も一定の角度で安定化することは、脳脊髄症状改善のメカニズムの1つとも考えられ、病変部のくも膜下腔前後径の計測を行った。病変部高位の症例数は延べC2/3は44例、C3/4は210例、C4/5は309例、C5/6は375例、C6/7は342例であった。各高位の枕無/至適枕のくも膜下腔前後径(mm)は、C2/3は8.98/9.16、C3/4は9.19/9.41、C4/5は9.17/9.55、C5/6は8.84/9.34、C6/7は9.19/9.54ですべての高位で至適枕においてくも膜下腔は増加した(P<0.01)。差分はC2/3は0.18、C3/4は0.22、C4/5は0.39、C5/6は0.50、C6/7は0.45となり、下位頸椎であるC5/6,6/7の増加が大きかった(図7-1)。男女とも至適枕で優位に増大した。年代別では20代のC3/4、30代のC3/4,70代のC2/3を除く全てに有意差を認めた。MRI所見別では頚部椎間板変性、頚部椎間板ヘルニア、頚部脊柱管狭窄のいずれも下位頚椎病変部のほうが増加の割合が大きかった(図7-2)。特徴的なのは頚椎椎間板ヘルニア、頚部脊柱管狭窄の最狭窄部C5/6において最大の増大0.54、0.41を認めた。至適枕使用時の静的仰臥位姿勢においては頚髄が前後の病変要素から圧迫を受けずに安静が保たれる可能性が考えられた。 頚部椎間板ヘルニア、頚部脊柱管狭窄症、円背例の枕無と至適枕の頚髄アライメントおよびくも膜下腔のMRI像を示す(図8)。 2.矢状面脊椎骨盤アライメント  次に頚胸腰椎、骨盤の矢状面アライメントを解析した。至適枕における矢状面脊椎骨盤アライメントSagittal Spino-Pelvic Alignment(SSPA)を、立位姿勢評価で使用されている5つのパラメーター矢状面バランスSagittal Balance(SB)、頚椎弯曲指数(石原指数)、胸椎後弯角(TK)、腰椎前弯角(LL)、骨盤回旋角(PT)を用いて評価した。SBはC7 Plumb Line(C7PL)とHip Axis Vertical Line(HAVL)の距離で、C7PLがHAの前方に位置する場合を(+)、後方に位置する場合を(―)で表す。なお、臥位の基準線となるC7PLは、C7から臥床面に平行に引いた直線と定義した。対象は51名、男15名、女36名、年齢は4~89歳(平均49.1歳)であった。立位と臥位におけるSPAの平均(±SD、P値)は、SB:-37.85±38.87mm,16.99±17.85mm(<0.01)、石原指数8.62±18.12°,2.95±12.21°(<0.01)、TK42.86±15.81°,35.96±11.72°(<0.01)、LL49.05±12.12°,39.66±10.5°(<0.01)、PT15.47±11.00°,10.44±6.92°(<0.01)となった(図9)。年代別にみると、SBは立位で80代を除く全ての年齢がマイナスバランスであったが、臥位では全年齢で0からプラスバランスになった。石原指数は全年齢で立位より臥位で低値となった。臥位では0代~60代で0に近く、70代、80代で急に高値となった。TKは40代を除く全年齢で立位より臥位で低値となった。70代、80代では立位臥位とも高値となった。LLは全年齢で立位より臥位で低値となった。PTは全年齢で立位より臥位が低値となった13)。SSPAの立位・臥位比較をX-P像で示す(図10)。 至適臥位姿勢が立位姿勢と比較して弯曲が減少し直線化に近づくことが明らかになった。立位における正常脊椎の矢状面の弯曲は柔軟な運動性の獲得と、軸方向への耐荷重性能すなわち直立位を維持するための剛性と安定性を供給しているという14)。一方、臥位においては脊椎にかかる軸方向の負荷はなく、運動も寝返りという回転方向になるため、石原指数、胸椎後弯角、腰椎前弯角の減少による脊椎の直線化傾向は、寝返りの回転中心の偏心が減少し寝返りがし易くなる理想的な変化と考えられる。年齢別の特徴として、70代80代では椎間板変性、脊椎変形や圧迫骨折により円背、亀背や関節拘縮等が生じると、臥位においてSB高値、石原指数高値、TK高値、PT高値など、変形のない年齢と比較しSSPAに差異が生じることがわかった。スムーズな寝返りのためには、年齢と個人の変形を考慮して、至適仰臥位すなわちSSPAを調節することが必要である。 3.モーションキャプチャを用いた寝返り動作解析と仮想体軸の可視化 目視で行ってきた寝返り動作を定量的に判定するために、モーションキャプチャシステムVicon8を用いて解析を行った。被験者は16名、枕は至適枕、枕無、高枕の3条件、寝台は適(適度な硬さのマット)と悪(柔らかいマット)の2条件とした。頭、肩、骨盤、下肢に光学式マーカー37個を装着し、光学式赤外線カメラ18台で寝返り動作を撮影しマーカーの軌跡データを取得した。コンピュータ解析を行い速度と加速度を求めた。さらに高速フーリエ変換(FFT)により周波数スペクトル解析を行い、スムーズさを表す低周波数成分とスムーズさがない状態を表す高周波数成分に分離し定量化した。図11に1例を示す。速度グラフでは良条件では、寝返り動作中である円内の波形は比較的スムーズであるが、悪条件ではスムーズさがないことが分かる。全数では周波数スペクトルで低周波成分を求めると良条件では平均0.193(19.3%)、悪条件では平均0.168(16.8%)、P<0.01となり有意に変化し定量的判定が可能となった15)16)。 次に寝返りの回転中心である仮想体軸を可視化した。仮想体軸は、頭、肩、骨盤の各4個のマーカーの中心点を通る線と定義した。頭の中心と肩の中心を結んだ線を頭頚部仮想体軸、肩の中心と骨盤の中心を結んだ線を胸腰椎骨盤仮想体軸と呼ぶ。胸腰椎骨盤仮想体軸を頭側に直線的に延長した線と頭頸部仮想体軸のなす角を、頭頚部体軸角とした。被験者16名の周波数スペクトル解析で定量的に判定したスムーズな寝返りにおける頭頚部体軸角は18.1±3.71 度となり、X-P解析の仰臥位頚椎傾斜角16.8±5.36に近似した(P=0.15)。 一方、胸腰椎骨盤仮想体軸を、X-P解析の臥位の基準線であるC7 plumb line(C7PL)と比較した。胸腰椎骨盤仮想体軸の起始点からC7PLに下ろした垂線の距離(体軸-PL間距離)と、仮想体軸とC7PLのなす角(体軸-PL角)を計測した。体軸-PL間距離は0~3.0mm、体軸-PL角は-1.58±5.54 °となり、仮想体軸とC7PLはほぼ一致又は平行に近づいた。スムーズな寝返りにおいて、胸腰椎骨盤仮想体軸が臥床面に平行になることが示された。 以上の結果より、モーションキャプチャ解析における寝返りの回転中心となる頭頚部および胸腰椎骨盤仮想体軸は、X-P解析の人体における頚胸腰椎骨盤の矢状面アライメントに近似する可能性が示唆された。 Ⅵ. 肩こりの治療における枕調節の意義 至適枕による臥位姿勢調節について静的臥位姿勢と動的臥位姿勢の観点から解析した結果、枕の高さ調節を行う意義は、頭と胸腰椎骨盤を結ぶジャンクションである頚椎の角度を最もスムーズな寝返りができるように決定することであると考える。個々の体格変化や加齢変形、症状推移という変動要素を加味して、適宜再調節が必要なことを強調したい。その結果、寝返りが最もスムーズに行える仰臥位と側臥位において、頭部から頸椎のアライメント、脊椎骨盤アライメントが立位とは異なる一定の基準を持ち、脳から頚髄が安静を保つことで、慢性の肩こりにおける脊椎dysfunctionと脳dysfunctionの両者の症状軽減がみられるのではないかと考える。本稿で示したのは肩こりの脊椎dysfunctionに対する有効性メカニズムを解明するための第1歩である至適臥位姿勢の解析結果である。今後は筋肉や末梢神経、自律神経についても解析する必要がある。さらには脳dysfunctionの解明のための中枢へのアプローチも行っていきたい。 文献 1)松平浩ほか:腰痛と肩こりの実態、危険因子と新たな視点に立った解釈案.日本臨牀72(2):244-250,2014. 2)Koes,B.W.,et al.:An updated overview of clinical guidelines for management of non-specific low back pain in primary care. Eur Spine J.19:2075-2094,2010. 3)Krismer, M., van Tulder, M.: Low back pain(non-specific).Best Pract Res Clin Rheumatol.21:77-91,2007. 4)松平浩ほか:新たな視点に立った腰痛の原因,危険因子,分類.MB Orthop.25(7):7-13,2012 5)松平浩:心理社会的ストレスに伴う脳dysfunctionを介した身体化としての腰痛と肩こり.日本心療内科学会誌.17(suppl):59,2013. 6)Fujii T et al: Associations between neck and shoulder discomfort(Katakori) and job demand, job control,and worksite support. Mod Rheumatol.23(6):1198-1204,2013. 7)高岸憲二ら:肩こりの治療.MB Orthopaedics19:16-19,2006 8)河合伸也:肩こりの治療のポイント-肩こりの治療指針.クリニシアン44:499-504,1997 9)山田朱織ほか:頚椎病変を有する関節リウマチに対する睡眠中の枕調節法.東日本整災会誌18:460-465,2006. 10)山田朱織ほか:円背者における枕の高さ調節による睡眠・頚椎症状改善の評価.東日本整災会誌18:466-471, 2006. 11)山田朱織ほか:枕調節による肩こり治療.リウマチ科.38(1):64-70,2007. 12) 山田朱織ほか:頸の姿勢異常と枕.脊椎脊髄ジャーナル.21(12): 1233-1240,2008. 13) 山田朱織ほか:臥位姿勢における矢状面脊椎骨盤アライメント. J.Spine Res.5(6):944-950,2014. 14)平泉裕:脊椎矢状面アライメント.脊椎脊髄.18:733-749,2007. 15) 石澤利晃ほか:モーションキャプチャデータを用いた寝返りのスムーズさに関する分析:第12回SICEシステムインテグレーション部門講演会2M2-4, 2011. 16)Akinori Sekiguchi et al: Feature Analysis of Turn Over Motion for Adjustment of Pillow Height. 8th International Conference on Humanized Systems (ICHS 2012):405-410,2012. 発表論文:本論文は2014.2.名古屋脊椎グループ(NSG)頚椎セミナーで既発表